歯周病患者さんにインプラントは可能か:2

現在インプラント治療は急速に普及しています。インプラントの長期的な報告も数多くされており、高い成功率となっています。

しかし、その反面失敗症例も多く報告されています。
特にインプラントと天然歯が共存する中で高い成功率を達成するためには単にインプラントを埋入するだけでなく口腔内の全体的な治療計画が必要となってきます。
残存歯の予知性、被せ物(補綴)治療との兼ね合い、咬み合せの状態、患者さんの希望などさまざまな面からの検討が必要になってきます。
その中でも歯周病に罹患した状態でのインプラント治療は困難を極めます。
この項では歯周病患者さんにおけるインプラント治療の問題点について症例を加え検討していきたいと思います。
この項は論文が多数あるため若干内容としては難しいかもしれません。しかし、他のホームページではまず掲載されていない内容ですので、ご興味のある方は最後までご覧になってください。

症例1

まず、下の写真の症例1ですが、他歯科医院で行ったものです。
歯周病の治療をしないままインプラントを行った症例です。
矢印の部分の天然歯が脱落し、診査の結果、1年前に埋入したインプラントも摘出しなければならないことがわかりました。

この症例は『インプラントの失敗症例』と同様の症例です。治療結果および詳細は下記を見てください。 失敗症例:歯周病による骨吸収

下のレントゲン(写真2)は当医院に来院した初診時の状態です。写真3はインプラント部分のみの拡大レントゲンです。
右下の2本のインプラントのうち手前のインプラントには骨の吸収が認められます。写真3で元々あった骨の位置を赤線、骨が吸収してしまった現在の位置を緑線で示します。
骨が吸収してしまったことがわかるかと思います。
それではなぜこのように1年足らずでインプラント周囲に骨の吸収が起こってしまったのでしょう?答えはその手前の天然歯が歯周病であったにもかかわらず、歯周病の治療をしない状態でインプラントを行ったために、天然歯がだめになっただけでなく、インプラントにも歯周病細菌が感染したのです。

こうした歯周病の患者さんにインプラントを行う場合、インプラントのみの計画だけでなく、歯周病、噛み合せ等を含めた全体的な治療計画を立てることが重要であり、残存している歯の将来性を考えることが重要です。
ここで残っている歯の将来性ということが非常に重要になってきます。
つまり、部分的に歯が欠損している場合、その欠損部位にインプラントを埋入するのは良いが、他の歯や周囲の歯がダメになった場合どうすればよいのか?また抜歯した部位に新たにインプラントを追加埋入するのか?という点について検討する必要が出てきます。
次のようなケース(症例2)の場合には治療計画が重要になってきます。

症例2

症例2は患者さんが「歯のない部分にインプラントを入れたい」というご希望で来院されたケースです。
それではこのような場合、単に歯のない部分にインプラントを埋入すれば良いのでしょうか?
インプラントを埋入すればそれで問題は解決するのでしょうか?

下の写真(治療計画1)は歯のない部分にインプラントを埋入した状態をシミュレーションしたところです。
上顎の前歯部はインプラントのブリッジとしましたが、この計画でよかったのでしょうか?

治療計画1

検査を行うと○赤丸の歯は重度歯周病であり、○青丸の歯は歯根に亀裂が入っていました。
治療計画1のように行った場合、インプラント後に○赤丸の歯が抜歯となるとあらためて○赤丸の部分にインプラントを埋入しなければならないばかりか、インプラントに近接する歯が重度歯周病のためインプラントに感染するリスクがあります。
また左下の歯根(○青丸)に亀裂が入っている歯も同様に歯が完全に破折して抜歯となった場合にはまた同部位にインプラントを行う必要が出てきます。
こうしたことをあらかじめ想定して治療計画は行われるべきです。

その為リスクの高い歯はあらかじめ抜歯し、インプラントを埋入する治療計画2を立てました。こうしたことにより将来的に予知性の高い治療が行えるばかりか最終的な治療費も抑えられることになります。

下の写真(症例2治療終了後)が治療終了後です。
ブリッジで行えるところはブリッジ(保険診療)で行い、将来的に予知性のない歯は抜歯を行いました。
その結果、初診時の歯のない部分に単にインプラントを行うという計画よりも実際には埋入本数は少なくなり、治療費も抑えられました。
また不安な歯がなくなるということにより将来的に再度インプラントを行うということも軽減されました。
このように将来性を見据えた治療計画は大切なことです。

インプラントの成功率について

『歯周病患者にインプラントは可能か?』というタイトルからは少しズレましたが、治療計画が大切であることはお分かりになったと思います。
それでは次にインプラントの成功率についてお話します。
歯周病ではない患者さんにおいてインプラントの成功率はどれくらいなのでしょうか?
以下はさまざまな研究者によるインプラントの成功率です。
"A"はシングルクラウンといって、1本のみの場合で、"B"はブリッジ(数本のインプラントで行う治療)の場合の成功率です。両方とも非常に高い成功率を示しています。当医院でもインプラントの成功率に記載してあるように99%の成功率になっています。適応基準さえ守ればインプラントは成功率の高い治療になります。

Aシングルクラウンの生存率

研究者(発表年) 埋入総数(本) 観察期間(年) 成功率(%)
Haas(1996) 35 8 90.3
Henri(1996) 74 5 96.6
T.Wilson(1998) 105 5 98.1
Priest(1999) 116 5 97.4
Scholandr(1999) 259 10 98.5
Schelle(1999) 140 5 95.9

Bブリッジの生存率

研究者(発表年) 埋入総数(本) 観察期間(年) 成功率(%)
Nart(1992) 509 6 95.3
Jemt Lekholm(1993) 259 5 100
Olson(1995) 46 5 92
Lekholm(1999) 461 10 98

インプラントの成功率データは数多く報告されていますが、ほとんどこのような高いデータとなっています。
それでは今度は歯周病の予後報告についてお話します。
重度歯周病を治療した後の天然歯はどれくらい持つのでしょうか?症例とともに解説したいと思います。
症例1は重度歯周病の患者さんの初診時の口腔内写真とレントゲンです。○青丸の部分を拡大したのが下のレントゲンです。

通常下顎の奥歯の根は2本あります。そして根と根の間には骨が存在します。骨が存在するとレントゲンでは白く見えます。○緑の丸がその状態です(健康な状態といえます)。しかし、歯周病になると骨が吸収するため○赤丸のような状態になります。レントゲン上では根の間が黒く見えます。このような状態を専門用語で「分岐部病変」といいます。歯周病の治療をしても回復が難しい状態です。
下の写真が治療後の状態です。同じように奥歯の部分を拡大してみましょう。

治療前と比較して根と根の間には特に大きな変化は内容に思われます。骨が回復(再生)してくれば根と根の間の骨は白く写るようになります。
それではこのような分岐部病変の状態はどれくらい持つのでしょうか?分岐部病変の予後の論文を見ていただきます。

分岐部病変の長期臨床報告

研究者 Hirschfeld, Wasserman(J Periodontaol 1978)
対象患者 600名
観察期間 平均22年
治療方法 歯石の除去及び歯周外科治療
結果 1464歯の分岐部病変のうち460歯(31.4%)が抜歯された。 しかし、ブラッシングが良くでき、定期検査に良く来ている患者さんでは18%が喪失したのみであったが、ブラッシングが悪く、定期検査に来ていない患者さんでは抜歯される率が非常に高かった。
研究者 Ross, Thompson(J Periodontol 1978)
対象患者 100名
観察期間 5~24年
治療方法 歯石の除去及び歯周外科治療
結果 387歯中341歯(88%)が生存し、46歯(12%)が抜歯された。しかし、抜歯された歯のうち25歯は6~18年維持されていた。
研究者 McFall(J Periodontol 1982)
対象患者 100名
観察期間 平均15年
結果 分岐部病変を有する大臼歯のうち57%が抜歯された。しかし、平均的な存在年数は急激に悪化した群でも9年間に及んだ。

この3つの論文から何がわかるかといいますと分岐部病変(重度歯周病)であっても徹底したブラッシングと定期検査を受けることによりある程度の期間は問題なく歯は残ることをあらわしています。しかし、ブラッシングを怠ったり、定期検査を受けないとダメ(抜歯)になるリスクは高いことを示しています。また先程のインプラントの予後報告と比較しても成功率は若干低くなっています。
特にインプラントを行う場合、インプラントの近くにこのような分岐部病変があった場合には慎重な計画が必要になってきます。
慎重な計画というのはもし患者さんが徹底したブラッシングと定期検査にいらしていただけるのであれば、たとえ分岐部病変があったとしてもその予後はインプラントには劣るが、それなりに保っていけるということが先程の論文でわかりました。
しかし、ブラッシングを怠ると分岐部病変は再発するリスクも高いこともわかりました。
もし、ブラッシングがうまくいかないと歯周病は再発します。再発するとその歯周病菌はインプラントにも感染します。
次にインプラントは天然歯と同様に歯周病菌に感染するのか?という話に移りたいと思います。
また話は難しくなりますが、論文を解説していきます。

論文1:インプラントの細菌学的検索

研究者 Lekholm,U., Gunne, J., Henry, P etal
掲載論文 Int. J.Oral Maxillofac. Implants, 1999
対象患者 127名(18~70歳、平均50歳)
(ブラッシングが十分できている患者)
対象インプラント 上顎176本、下顎262本
観察期間 10年
結果 インプラントの10年後の成功率は上顎で92%、下顎で93.7%でした。残存した天然歯およびインプラントからは歯周病菌が天然歯で9.7%、インプラントで10.6%検出された。
結論 このことによりインプラントも天然歯と同様に感染することが確認された。

論文1からインプラントも天然歯と同様に歯周病細菌に感染することがわかりました。
それでは次に歯周病に罹患した患者さんにインプラントを行った場合の成功率は健康な口腔内の患者さんに比較してリスクがあるかという論文を紹介したいと思います。

論文2:軽度歯周病患者におけるインプラントの予後報告

研究者 Nevins, M.& Langer, B:J. Periodontol.,1995
掲載論文 Int. J.Oral Maxillofac. Implants, 1999
対象患者 59名(50~60歳)
(ブラッシングが十分できている患者
対象インプラント 上顎177本、下顎132本
観察期間 1~2年が21%、3~4年が50%、5年以上が29%
結果 成功率は上顎で98%(174本)、下顎で97%(128本)であった。
結論 徹底した管理を行えば、歯周病患者においてもインプラントを行うことは可能である。

論文2から軽度の歯周病であれば健全な口腔内の患者さんと同程度のインプラントの成功率が得られることがわかりました。
それでは今度は健康な患者さんと歯周病の患者さんにおける長期的な経過についてまとめた論文を解説したいと思います。

論文3:歯周病患者と非歯周病患者におけるインプラントの予後報告

研究者 Karoussis, l. K. et al : Clin. Oral. Impl.Res.,2003
対象患者 グループ1:歯周病患者さん
歯周病で抜歯された患者8名に対し21本のインプラントを埋入した。

グループ2:非歯周病患者さん
虫歯、破折等度で抜歯された患者45名に対し91本のインプラントを埋入した。
観察期間 10年
結果 インプラントの成功率はグループ1(歯周病患者)で90.5%、グループ2(非歯周病患者)で96.5%であり、長期的に見ると歯周病患者さんの方がインプラントがダメになる確率が高いことがわかった。
また急性炎症の発現率は歯周病患者さんで29%非歯周病患者さんで6%であった。
特に特徴的なのは歯周病患者さんにおいて6年目以降に急激にインプラントに問題が起こりはじめた。

論文3から得られたことは長期(10年程度)的にみると歯周病患者さんにインプラントを行った場合、歯周病ではない患者さんと比較するとダメになる確率は若干ですが高くなるということです。
特に注目すべきことは、歯周病患者さんにおいて6年目以降に急激にインプラントに問題が起こってくるということです。このような報告は他の論文でもあります。
それでは次の論文に移りたいと思います。
歯周病の患者さんと非常に進行した歯周病の患者さん(広汎性侵襲性歯周病といいます)にインプラントを行った場合どのような結果であったかという論文です。

論文4:中程度歯周病患者と非常に進行した歯周病患者におけるインプラントの予後報告

研究者 Mengel, R. et al : J. Periodontol., 2001
対象患者 グループ1:中程度までの歯周病患者さん
中程度までの歯周病患者5名に対し12本のインプラントを埋入した。

グループ2:非常に進行した歯周病患者さん
広汎性侵襲性歯周病患者5名に対し36本のインプラントを埋入した。
観察期間 中程度までの歯周病患者さん:3年
非常に進行した歯周病患者さん:4年
結果 インプラントの成功率は中程度の歯周病患者さんで100%、非常に進行した歯周病患者さんで88.8%であった。
結論 非常に進行した歯周病(広汎性侵襲性歯周病)でも適切な歯周病治療、メインテナンス(定期検査)が行われれば、インプラントは可能である。 しかし、徹底したブラッシングと管理を行ってもリスクは高かった。

この論文から重度歯周病であったとしてもインプラントは可能であることがわかりました。しかし、軽度や中程度の歯周病と比較するとその予後(成功率)には問題が残ることもわかりました。

総まとめ:歯周病患者さんにおけるインプラントの予後報告から得られたこと

歯周病患者さんにおけるインプラントの長期予後報告からインプラント治療前に徹底した歯周病治療が行われ、その後にメインテナンス(定期検査)が行われていれば、歯周病患者にインプラントを行うことは可能であることがわかりました。
しかし、長期的には非歯周病患者と比較してインプラントの成功率の低下が認められました。
このことは歯周病患者にインプラントを行うことのリスクを示唆しています。
こうしたことから歯周病患者にインプラントを行う場合、単に欠損部位にインプラントを行うだけでなく、歯周病罹患歯の抜歯の適応基準を含め、将来性を含めた包括的(歯周病の治療、残存歯の予知性、噛み合せ、患者さんのブラッシングの程度など)な治療計画が必要であることがわかります。
また問題となるのが、重度歯周病の場合です。将来性もそうですが、歯周病による骨吸収が起こるため、抜歯後にインプラントを行おうとしても、骨の増大法(GBR法)を併用しなければならないケースがほとんどであり、治療を受ける患者さんにとっても大変なこととなってきます。
結局、歯周病患者さんにインプラントを行うことは可能であるが、将来性を見据えた治療計画が重要であることと、その後のブラッシングと定期検査が重要であるということです。
どちらにせよ、リスクが高いことには変わりません。
それでは最後に歯周病患者さんに対して歯周病の治療をきちんと行ってからインプラントを埋入した症例を見てこの項の最後にしたいと思います。
下の写真は初診時の状態です。全体的にかなり進行した歯周病です。
徹底した歯周病の治療後、下顎の奥歯左右にインプラントを埋入する計画をたてました。
今回は右下の奥歯に注目して見ていきます。
○青丸の部分を拡大したものが下のレントゲン写真です。

実際に患者さんに話をする場合、その可能性が高いと思います。しかし抜歯となると患者さんは治療費、治療期間、骨再生法(GBR法)を含めた治療の大変さといった負担がかかります。
また患者さん自身は抜歯したくないという希望が強いかもしれません。
最終的な決定は患者さんとの話合いにより決定します。
歯を抜歯しないで治療した場合の将来性、抜歯して治療した場合の治療費や治療期間等です。
このケースにおいて歯を残したいという患者さんの希望および治療の費用もあり、右下の奥歯2歯は歯周病の治療を徹底して行い、奥の欠損部には1本のインプラントを埋入することになりました。
治療後の状態が以下のようになります。