歯周病患者様にインプラント治療は可能なのか?

はじめに

現在インプラント治療は急速に普及しています。
インプラントの長期的な報告も数多くされており、高い成功率となっています。
しかし、その反面失敗症例も多く報告されています。
特にインプラントと天然歯が共存する中で高い成功率を達成するためには単にインプラントを埋入するだけでなく口腔内の全体的な治療計画が必要となってきます。
残存歯の予知性、被せ物(補綴)治療との兼ね合い、咬み合せの状態、患者さんの希望などさまざまな面からの検討が必要になってきます。
その中でも歯周病に罹患した状態でのインプラント治療は困難を極めます。
この項では、歯周病患者さんにおけるインプラント治療の問題点について症例を加え検討していきたいと思います。

インプラント周囲炎

まず、インプラント周囲炎について解説します。
インプラント周囲炎とは、インプラントが歯周病と同じような症状になることです。
インプラント治療後に歯ブラシが不十分になると汚れは歯肉とインプラントの境目から内部に侵入していきます。
この汚れは、歯周病細菌と同様の細菌です。
そして初期の段階では、インプラント周囲の歯肉が腫れて行きます。
その後、インプラントを支えている歯槽骨を吸収してしまいます。
最終的にはインプラントはダメになり、撤去することになります。
人工物であるインプラントには神経が通っていません。
そのため、初期の段階では多くの場合、自覚症状がありません。
かなり状態が進行しなければ気付かないのが特徴です。
これが、インプラント周囲炎です。

インプラントが歯周病になったケース

まず、下の写真の症例1ですが、他歯科医院で行ったものです。
歯周病の治療をしないままインプラントを行った症例です。
矢印の部分の天然歯が脱落し、診査の結果、1年前に埋入したインプラントも摘出しなければならないことがわかりました。

初診時口腔内写真1

下のレントゲン(写真2)は当医院に来院した初診時の状態です。
写真3はインプラント部分のみの拡大レントゲンです。
右下の2本のインプラントのうち手前のインプラントには骨の吸収が認められます。
写真3で元々あった骨の位置を赤線、骨が吸収してしまった現在の位置を緑線で示します。
骨が吸収してしまったことがわかるかと思います。
それではなぜこのように1年足らずでインプラント周囲に骨の吸収が起こってしまったのでしょう?
答えは その手前の天然歯が歯周病であったにもかかわらず、歯周病の治療をしない状態でインプラントを行ったために、天然歯がだめになっただけでなく、インプラントにも歯周病細菌が感染したのです。

初診時口腔内写真2、写真3

こうした歯周病の患者さんにインプラントを行う場合、インプラントのみの計画だけでなく、歯周病、噛み合せ等を含めた全体的な治療計画を立てることが重要であり、残存している歯の将来性を考えることが重要です。
ここで残っている歯の将来性ということが非常に重要になってきます。
つまり、部分的に歯が欠損している場合、その欠損部位にインプラントを埋入するのは良いが、他の歯や周囲の歯がダメになった場合どうすればよいのか?
また、抜歯した部位に新たにインプラントを追加埋入するのか?
という点について検討する必要が出てきます。

軽度歯周病患者様にインプラントを行ったケースの論文

歯周病に罹患した患者さんにインプラントを行った場合の成功率は、健康な口腔内の患者さんに比較してリスクがあるか?という論文を紹介したいと思います。

論文1:軽度歯周病患者におけるインプラントの予後報告

研究者 Nevins, M.& Langer, B:J. Periodontol.,1995
掲載論文 Int. J.Oral Maxillofac. Implants, 1999
対象患者 59名(50~60歳)ブラッシングが十分できている患者
対象インプラント 上顎177本、下顎132本
観察期間 1~2年が21%、3~4年が50%、5年以上が29%
結果 成功率は上顎で98%(174本)、下顎で97%(128本)であった。
結論 徹底した管理を行えば、歯周病患者においてもインプラントを行うことは可能であることを示した

『歯周病患者と非歯周病患者では、インプラントの成績に差はあるのか?』の論文

論文2:歯周病患者と非歯周病患者におけるインプラントの予後報告

研究者 Karoussis, l. K. et al : Clin. Oral. Impl.Res.,2003
対象患者 グループ1:歯周病患者
歯周病で抜歯された患者8名に対し21本のインプラントを埋入した。
グループ2:非歯周病患者
虫歯、破折等度で抜歯された患者45名に対し91本のインプラントを埋入した。
観察期間 10年
結果 インプラントの成功率は、グループ1(歯周病患者)で90.5%、グループ2(非歯周病患者)で96.5%であり、長期的に見ると歯周病患者さんの方がインプラントがダメになる確率が高いことがわかった。
また、急性炎症の発現率は、歯周病患者で29%、非歯周病患者で6%であった。
特に特徴的なのは、歯周病患者さんにおいて6年目以降に急激にインプラントに問題が起こりはじめた。

中程度歯周病患者と非常に進行した歯周病患者におけるインプラントの予後報告の論文

研究者 Mengel, R. et al : J. Periodontol., 2001
対象患者 グループ1:中程度までの歯周病患者さん
中程度までの歯周病患者5名に対し、12本のインプラントを埋入した。
グループ2:非常に進行した歯周病患者さん
広汎性侵襲性歯周病患者5名に対し、36本のインプラントを埋入した。
観察期間 中程度までの歯周病患者:3年
非常に進行した歯周病患者:5年
結果 インプラントの成功率は、中程度の歯周病患者さんで100%、非常に進行した歯周病患者さんで88.8%であった。
結論 非常に進行した歯周病(広汎性侵襲性歯周病)でも適切な歯周病治療、メインテナンス(定期検査)が行われれば、インプラントは可能である。
しかし、徹底したブラッシングと管理を行ってもリスクは高かった。
この論文から重度歯周病であったとしてもインプラントは可能であることがわかりました。
しかし、軽度や中程度の歯周病と比較するとその予後(成功率)には問題が残ることもわかりました。

最後にまとめとして

歯周病患者さんにおけるインプラントの長期予後報告からインプラント治療前に徹底した歯周病治療が行われ、その後にメインテナンス(定期検査)が行われていれば、歯周病患者にインプラントを行うことは可能であることがわかりました。
しかし、長期的には非歯周病患者と比較してインプラントの成功率の低下が認められました。
このことは、歯周病患者にインプラントを行うことのリスクを示唆しています。
こうしたことから歯周病患者にインプラントを行う場合、単に欠損部位にインプラントを行うだけでなく、歯周病罹患歯の抜歯の適応基準を含め、将来性を含めた包括的(歯周病の治療、残存歯の予知性、噛み合せ、患者さんのブラッシングの程度など)な治療計画が必要であることがわかります。
また、問題となるのが、重度歯周病の場合です。
将来性もそうですが、歯周病による骨吸収が起こるため、抜歯後にインプラントを行おうとしても、骨の増大法(GBR法)を併用しなければならないケースがほとんどであり、治療を受ける患者さんにとっても大変なこととなってきます。
結局、歯周病患者さんにインプラントを行うことは可能であるが、将来性を見据えた治療計画が重要であることと、その後のブラッシングと定期検査が重要であるということです。
どちらにせよ、リスクが高いことには変わりません。
それでは最後に歯周病患者さんに対して歯周病の治療をきちんと行ってからインプラントを埋入した症例を見てこの項の最後にしたいと思います。

下の写真は初診時の状態です。
全体的にかなり進行した歯周病です。
徹底した歯周病の治療後、下顎の奥歯左右にインプラントを埋入する計画をたてました。
今回は右下の奥歯に注目して見ていきます。
●青丸の部分を拡大したものが下のレントゲン写真です。

初診時写真

このケースにおいては、歯を残したいという患者さんの希望および治療の費用もあり、右下の奥歯2歯は歯周病の治療を徹底して行い、奥の欠損部には1本のインプラントを埋入することになりました。
治療後の状態が以下のようになります。

治療終了時写真