抗生物質:その2

はじめに

この話の前に抗生物質:その1をご覧になって下さい。 抗生物質:その1

耐性菌の原因

耐性菌ができてしまった大きな原因は、抗生物質の乱用です。
細菌感染により、『抗生物質』を処方する際には以下がことを厳守することが必要です。

1. 病状にあった(細菌にあった)『抗生物質』を使用すること

2. 適切な量を使用すること
少なすぎても多すぎてもいけません。

3. 適切な使用期間を守ること
症状が良くなったからと言って『抗生物質』の服用を途中でかってに中断したことはありませんか?
これは一番よくないことです。
病院で処方された『抗生物質』は必ず飲みきって、完全に病原菌を死滅させることが必要です。
痛みがなくなった、腫れが引いた等の症状改善があると自己判断で『抗生物質』の服用を中止してしまう方がいらっしゃいます。
途中で服用を中止すると、生き残った病原菌がさらに拡大してしまい、同じ『抗生物質』では効かなくなってしまうからです。

4. 本当に必要な時のみ服用し、効果に関係のない服用は避ける
(例として後で風邪の時に服用する『抗生物質』について解説 します)

日本の耐性菌の実情

先に耐性菌として『MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌』があることを解説しました。
このMRSAという耐性菌は日本人の約65%が持っているというデータがあります。
これは世界で最も高い数値です。

また、中耳炎に関連する細菌では、3歳以下の90%以上がペニシリンに効果がない耐性菌となっていることが報告されています。
世界的にみれば、ヨーロッパでは国により、『抗生物質』の使用制限があります。
特にスエーデンでは、『抗生物質』に対する管理が徹底しているため、耐性菌の出現率は日本の1/100と言われています。
『抗生物質』が効かないということは本当に『抗生物質』が必要になった時にその効果が現れないということです。

風邪に抗生物質は効くのか?

ここまで何度もでてきましたように抗生物質は『細菌』に対して効果があるものです。
毎年のように起る流行性の風邪は『ウィルス』によって起るものです。
『ウィルス』と『細菌』はまったく違うものです。
まず、このことをしっかり覚えておいて下さい。

『抗生物質』は『細菌』を殺すものです。
『ウィルス』ではありません。
風邪のうち細菌によるものは約5%とされています。
つまり、風邪の95%は細菌感染によるものではないのです。

それでは、何故風邪の時に『抗生物質』を飲むのでしょう?
風邪の時に飲む『抗生物質』はウィルスを殺すためではありません。
風邪を引くことにより免疫力が落ちます。
風邪の時に服用する『抗生物質』は、免疫力の低下によって起る感染症予防の目的で使用します。
日本外来小児科学会の調査によると『風邪で来院された方に対し、37.5度以上の熱があった場合に必ず抗生物質を処方する』と答えた医師は37%もいたというデータがあります。

もちろん症状によっては『抗生物質』の服用は必要な場合がありますが、多少熱があるとか、咳が出るとか、だるいという理由だけで抗生物質を服用することには問題があると思います。
『とりあえず飲んでおけば安心』と言った理由で『抗生物質』を処方する医療サイドにも問題があると思います。

耐性菌の出現原因:日本の保険制度

耐性菌が多く起る原因として日本の保険制度にも問題あります。
例えば、歯科でフラップ手術(歯周病外科処置)という治療があります。
通常、治療後に『抗生物質』を処方するわけですが、治療の内容によっては当然いらないこともあります。
しかし、日本の保険制度では基本的に『抗生物質』を処方しなければならない決まりがあるのです。(絶対ではありませんが…)
私自身もフラップ手術を行った際に必要がなければ、『抗生物質』は処方しません。
そうすると後で、保険診療の管理しているところ(社会保険事務所等)から連絡があり、『なぜ、『抗生物質』を処方しなかったのですか?』という質問が必ずきます。

歯周外科処置にも大変な治療もあったり、簡単な処置の場合もあります。
糖尿病等の感染リスクが高い人や高齢者もいます。
このような方には当然『抗生物質』は必要です。

逆に必要ない場合もあります。
しかし、ほとんどの場合、こうした理由は受け付けてもらえません。
なぜなと言いますと『お役人の決まり』だからです。
症例により、必要がある、必要がないと言ったことをしていると管理しにくいからです。
事務的なことです。

そして、『歯周病外科処置を行ったのに『抗生物質』を処方しなかったため、この治療は保険では認められません。』ということになってしまいます。
そうなると患者様は保険が認められないため、自費診療となってしまいます。
医療サイドとしては『抗生物質』を使用しないと大変です。
治療は保険がきかなくなってしまいます。

抜歯した時もそうです。
薬を処方しないと後から、『抜歯したのになぜ、『抗生物質』を処方しないのか?』と問いただされます。
日本は『抗生物質』が大好きな国です。
世界的みれば、衛生的な環境で抜歯した場合、通常『抗生物質』は処方されないことが多いのです。

今回の話とはちょっと違いますが、前項の『風邪に抗生物質は効くのか?』の追加になります。
以前テレビで、内科医が風邪の時、『『抗生物質』を処方する』と答えた理由の一つとして、『本当は水分と栄養、睡眠を十分取り、安静にしていれば、完治する状態であるが、患者さんが薬をどうしてもほしいと言うため、処方した』という答えがありました。
医者ですから、いくら患者さんの希望があるからと言って、正当な理由以外で薬を処方する必要性はないと思います。

しかし、現実問題として忙しい方とか心配がある患者さんは『どうしても薬がほしい』と言われることがあります。
この時医者が、『抗生物質を服用する状態ではないので、必要ありません』と答えると患者さんの何人かは医師に不快感をもつそうです。
『抗生物質』=『病気を治す万能薬』というイメージがあるようです。

歯科においても普段診療をしている中で時々同じようなことがあります。
歯肉が腫れたりした場合、『薬を下さい』という患者さんは多くいらしゃいます。
患者さん側からすれば、単に『この腫れを早く治したい!』という気持ちだけだと思います。
しかし、薬を処方する医療サイドは『プロ』ですから、必要がない場合にはきちんと説明をする必要があります。
先程書きましたように『抗生物質』=『病気を治す万能薬』ではないからです。

日本の医療保険制度は世界的に誇れるすばらしい制度です。
薬にしたって、安く(世界的にみて)手に入ります。
しかし、逆にその簡単に入手できることが『薬の使い過ぎ』になってしまった一つの原因です。
正しい『抗生物質』の使用方法(処方)は我々医療サイドがきちんと管理していかなければならないのです。
耐性菌ができてしまった場合、本当に必要なときに効果が発揮されないことになってしまいます。

※ もちろんこの話は『抗生物質』を服用してはダメという話ではありません。
例えば、歯科で言うと、抜歯等で感染のリスクが高いと診断された場合、『抗生物質』を服用することは状態によって感染のリスクを減らすことになります。
『リスク』対『効果』です。
また、『抗生物質』を処方する際にはどのような『抗生物質』を処方するのか?ということも大切なことです。
いきなり、強い『抗生物質』を処方することはいいことではありません。
『どのような抗生物質が良いのか?』という話はこのシリーズの中で解説したいと思います。
『抗生物質』=『使用方法によっては非常に良い薬』なのです。

抗生物質の副作用(なぜお腹を下すのか?)

『抗生物質』の発見により、赤痢、結核、コレラ等の多くの感染症により死亡する人が劇的に少なくなりました。
『抗生物質』のおかげで、私達が毎日の臨床で行う抜歯等で術後に感染する患者様はまずいません。
非常にすばらしい『くすり』です。
しかし、問題点もあるのです。

最大の問題点は『副作用』です。
細菌を殺す強い作用をもつ『抗生物質』は人間の正常な細胞にも影響を及ぼしてしまうのです。
簡単に言うとこれが副作用です。(詳細は後で解説します)
副作用として一番多いのが『下痢』です。
なぜ『抗生物質』を飲むと下痢になるのでしょう?

正常な生体内にはさまざまな細菌が存在しています。
もちろん、腸内にも細菌は存在しています。
そして、それぞれの細菌がうまくバランスを保って体の調子を整えているのです。
腸内に存在する『善玉菌』は消化、吸収を促進したりしています。
『抗生物質』の服用により、病原菌だけでなく、善玉菌までも攻撃してしまうのです。
それにより、腸内のバランスが崩れ、下痢になってしまうことがあります。
『下痢』は短期的な『抗生物質』の服用ではさほど問題とはなりませんが、病気の方であったり、高齢者、体調不良の方では問題が長引く可能性があります。