インプラント治療
プラットホーム・スイッチング:platform switching
はじめに:プラットホーム・スイッチングとは?
今、インプラントの世界で最も話題(2007)になっているのが、『プラットホーム・スイッチング:platform switching』です。
プラットホーム・スイッチングとは、『インプラントの太さよりも上部構造の立ち上がりの太さを細くすることにより、インプラント上部まで骨を誘導することが可能』になります。
その結果、インプラント周囲の骨が生理的に下がらないようになります。
なにがなんだか分かりませんよね。
このプラットホーム・スイッチングを説明することは非常に難しいことです。
しかし、今後のインプラント界を大きく変化させるようなことなのです。
この項目では、このプラットホーム・スイッチングについて基礎から利点、今後の課題まで、図解で説明していきたいと思います。
また、2007年現在において、全てのインプラントメーカーがこのプラットホーム・スイッチングに対応しているわけではありません。
まだ、ごく一部のメーカーのみが採用しているシステムです。
2007年現在のプラットホーム・スイッチング採用メーカーの一部
- 1.アンキロス
- 2.アストラテック
- 3.3i
- 4.バイコン
世界で最も歴史のあるブローネマルク・インプラント(ノーベルバイオケア社)も2007年のワールドカンファレンスでプラットフォーム・スイッチング・アダプターを発表しました。
このように、今後は多くのインプラント製造メーカーがこのシステムを採用するでしょう。
当医院においても今までは主として、I.T.Iインプラント、ストローマン・インプラント:Straumanを使用してきました。
その理由として
- きちんとした基礎研究のもとになりたっている
- インプラントメーカーとして世界で2番目に古いメーカーであり、臨床経験が長い。(それだけ信頼度が高い)
- 数あるインプラントメーカーで最も使用されているインプラントである。
まだまだ、理由はありますが、ストローマン・インプラントは世界をリードしていると言ってもいいでしょう。
しかし、ストローマンインプラントのみが100%良いということではなく、インプラントを使用する部位や骨の状況、最終補綴形態(被せ物の形)等により、他のメーカーの方が優れている場合もあります。
そうしたことから当医院では、今まで、アストラテックやスプライン・インプラントも使用してきました。
しかし、審美性が重要視されてきた近年では、さらに審美性を追求するためのインプラントシステムに人気が集中しています。
その一つが『アンキロス・インプラント』です。
このテーマである『プラットホーム・スイッチング』を使用したインプラントでることと、『ジルコニア・アバットメント』が使用できる利点があります。
当医院においても2008年より、このアンキロス・インプラントを導入していきます。
ただし、現在のところメインはストローマン・インプラントとしますが、おそらく、アンキロス・インプラントもかなりの数になると思います。
実際に今まで、ストローマン・インプラントを使用していた歯科医師の一部はアンキロス・インプラントを使用し始めています。
その評価は年々高まってきています。
プラットホーム・スイッチングを学ぶことは今後のインプラントを知るうえでも大切なことになります。
それでは、ちょっと難しい話になりますが、プラットホーム・スイッチングの解説を始めたいと思います。
※ このテーマ(プラットホーム・スイッチング)は2007のデータをもとに作製した内容です。
2007年現在、プラットホーム・スイッチングの研究データはまだ完全に出そろっていません。
今後はさらに新しいデータが加わる可能性があります。
もし、新たに研究(論文)データが加わった場合には、ホームページ上で追加していきます。
2. 一般的なインプラント構造
まずは一般的なインプラント構造についての話をしたいと思います。 インプラントは下図のように大きく分けて3つの構造(パーツ)からできています。
- フィクスチャー(インプラント本体)
- アバットメント(土台)
- 上部構造(被せ物、補綴物)
プラットホーム・スイッチングを理解するためには、まずは、インプラントの基本構造を知ること、インプラントと骨の関係を知ることが基本になります。
上記のフィクスチャー、アバットメント、上部構造をよく覚えておいて下さい。
※ インプラントの構造の詳細については下記をご覧下さい。
インプラントの構造
3. インプラント埋入後に骨が吸収する?
インプラント手術時に埋め込むインプラント本体を『フィクスチャー』と言います。
このフィクスチャーが骨と結合するまで、下顎で約2~3ヶ月、上顎で約3~4ヶ月待ちます。
その後、インプラント本体に土台を装着し、型を取ります。
この時の土台を『アバットメント』と言います。
アバットメント(土台)はネジ式になっており、フィクスチャー(インプラント本体)に回して固定されます。(通常の機械に使用する“ネジ”とほとんど同じようなものです)
この『フィクスチャー』と『アバットメント』の接合部(境目)が問題となります。
いくら精度を高めても必ず境目は存在します。
インプラントの接合部(フィクスチャーとアバットメントの接合部)は通常のネジとは比べものにならないくらい精度が高いものですが、この接合部の隙間を完全に無くすことはできません。
このわずかに生じた隙間(マイクロギャップ)は細菌が増殖するためのスペースになる可能性があるのです。
この接合部に炎症が及ぶと生体の原理(Biological Width)から骨は吸収するようになります。
吸収する距離は約1~2ミリです。
これは、『体内と外界とを閉鎖するには一定の厚さの上皮が必要である』と言う生体の原理によって起ることです。
生体の原理(Biological Width)は私達歯科医師が、インプラントを学ぶために非常に大切な事項の一つなのです。
以下はインプラント埋入後に起る骨吸収についての論文の一部です。
『インプラント埋入後に機能圧を加えて最初の1年で、接合部に約1mmの骨の収が生じる』
Alberktsson T:Int J Oral Maxillofac Impl 1(1):11-25,1986
Esposito M:Clin Oral Impl Res 4(3):151-157,1993
Javanovic SA: Pract Periodont Aesthet Dent 11(5):551-558, 1999
Saadoun AP: Pract Periodont Aesthet Dent 11(9):1063-1072,1999
まとめますと、『従来のインプラント本体(フィクスチャー)と土台(アバットメント)では、その境目(接合部)から約1~2ミリ程度 骨は吸収する』ということです。
さらに詳しく説明しますと、プラットホームスイッチングでは、境目(接合部)が内側に設定されるため(接合部にステップがあるため)、インプラントと骨との接合部が粘膜で覆われる。
その結果、歯肉の厚みが増える。
歯肉の厚みが増えると血流量も増え、細菌に対する粘膜の抵抗力も増える。
これが、骨の吸収を防ぐというものです。(下図を参考しして下さい)
例えば、10ミリの長さのインプラントを骨の中に埋め込んだとします。
インプラント自体は完全に骨の中に埋め込まれたとします。
しかし、時間の経過とともにインプラント周囲の骨は吸収を起こし、おおよそ数年後には約1~2ミリの骨が吸収を起こし、最終的には骨に埋まっているインプラントの部分は8~9ミリになってしまいます。
もちろんこうしたことは全てのケース(すべてのインプラントメーカー)に起るわけではありませんが、多くのインプラントには起りやすい現象です。
そのため、こうしたことをあらかじめ考慮したインプラントの埋入方法を行ったりすることがあります。
また、こうした骨の吸収を最小限に防ぐ形状のインプラントも存在します。
4. 従来のインプラントのおける骨吸収像
まず、ここまでの話のまとめから始めたいと思います。
下図を参考にしながらご覧下さい。
インプラントには、インプラントの接合部(インプラントとアバットメントの結合部)が存在します。
この接合部のことをプラットホームと言います。
通常、インプラント手術の際には、このプラットホームを骨頂のちょうど上に位置するように埋入します。
これは、インプラントと骨がくっついた後で、このプラットホームに土台(アバットメント)を装着するためです。
プラットホームが骨の深い位置に埋入されていた場合には、後で、土台(アバットメント)をつけつことができなくなってしまいますし、プラットホームが骨頂のかなり上方に位置した場合には、境目(接合部)が歯肉から見えてしまうため、審美的に問題があるからです。
そのため、インプラントを埋入する際には、骨の頂上付近にプラットホームが位置するようにします。
しかし、インプラント埋入後に起ることがあります。
このインプラントの接合部(インプラントとアバットメントの結合部)
つまり、プラットホームから1~2ミリ下方まで、骨が吸収することがあります。
上図の1の状態ですね。
これは、『体内と外界とを閉鎖するには一定の厚さの上皮が必要である』と言う生体の原理(Biological Width)によって起ることです。
骨の吸収が起った場合、それに伴い、歯肉も退縮する可能性があります。
歯肉が退縮すると審美的に問題が生じます。
こうした歯肉の退縮は必ず見られるものではありません。
骨の幅がしっかりしていたり、歯肉の厚みがしっかりあった場合には歯肉の退縮は起りにくいのです。
逆に言えば、治療前に、骨の吸収があったり、歯肉が薄い場合(難症例です)には、治療後に歯肉が退縮する可能性があります。
プラットホームスイッチングとは、上図の2のようにインプラントの接合部(インプラントとアバットメントの結合部)をくびれさせることにより、骨に加わる炎症波及を防止し、歯肉の厚みを確保することにより、骨の吸収を防ぐというものです。
それではインプラントの骨吸収のレントゲン像を実際に見ていただきたいと思います。
下の写真の左側インプラントを見るとV字状(カップ状)に骨の吸収が認められます。
インプラント周囲の骨がカップ状に吸収しているのが分かるかと思います。
5. プラットホーム・スイッチングの利点と欠点
ここまでの話の中で、プラットホーム・スイッチングを応用するとプラットホーム(インプラントとアバットメントの接合部)位置での骨が吸収しないことがわかりました。
それでは、プラットホーム・スイッチングがどの程度プラットホームでの骨の吸収を防止できるかという論文を結論のみ簡単に紹介したいと思います。
研究対象は、世界4大インプラントの一つで、最も歴史の長いインプラントであるブローネマルク・インプラントとプラットホーム・スイッチングの先駆けであるアンキロス・インプラントを比較するという研究です。
結論として、埋入6ヶ月後の周囲の骨の吸収は、
ブローネマルク・インプラント 平均1.88ミリ
アンキロス・インプラント 平均0.77ミリでした。
プラットホーム・スイッチングを応用したアンキロス・インプラントがいかに骨吸収を防止するインプラントであることが分かります。
それでは、この骨吸収がどのように審美性に影響を及ぼすかということですが、骨の吸収があるとそれに伴い、歯肉も退縮していきます。
歯肉が退縮した場合、歯が長く見えたり、場合によってはインプラントの接合部の金属が見えてくることがあります。
あまり、見えない奥歯であれば、さほど大きな問題となることはありませんが、前歯部の場合、問題となることがあります。
先程の研究においてブローネマルク・インプラントとアンキロス・インプラントでは骨の吸収には約1ミリ程度の差がありました。
1ミリというと さほど違わないように感じますが、これは大きな差です。
特に、元々骨の幅がないような場合にはプラットホーム・スイッチングは有効な方法です。
また、プラットホーム・スイッチングは骨の吸収を防止するだけでなく、歯肉の厚み自体を 厚く保つことが可能です。
下図にあるようにプラットホーム・スイッチングは、土台(アバットメント)自体が細くなるため、その周囲の歯肉の厚みを確保できます。
インプラント本体(フィクスチャー)より上方に出来る歯肉の量は、幅の1.5倍とされているので、細いアバットメントの周囲にできる厚い歯肉のため、歯肉の高さも高く維持されることになります。
歯肉の高さが維持されれば、歯肉の退縮も少なくなります。
また、歯肉の厚みが確保できるため、血流量を確保できるという利点もあります。
血液循環が良くなることにより、歯肉退縮も防止できるのです。
それでは、プラットホーム・スイッチングの欠点はどのようなことでしょう?
まず、プラットホーム・スイッチングの歴史が浅いということです。
プラットホーム・スイッチングの歴史は、この後で解説しますが、偶然から生まれた方法です。
そのため、基礎研究が若干遅れています。
また、臨床的評価(研究)もまだ完全であるとは言えません。
そうした研究には今後期待したいと思います。
私自身もプラットホーム・スイッチングについては非常に興味を持っていましたが、私が主に使用しているストローマン・インプラント( I.T.Iインプラント)にはまだ対応していなかったことと、まだ十分納得できる臨床データがなかったために、経過を見ていたということです。
しかし、多くの臨床家達が使用を始め、良い結果を得てきていることから私自身も使用を始めました(2008より)。
6. プラットホーム・スイッチングの歴史
上記で、プラットホーム・スイッチングは偶然から生まれた。と書きました。
これは、イタリアのDrジャンパオロ.ビンチェンツィがインプラント本体に土台(アバットメント)を装着する際に、規定のものよりも小さい(細い)アバットメントを装着してしまったことから始まりました。
インプラントの被せ物が装着し終わった患者様をメインテナンスにて経過観察していたところ、おもしろい現象に気がつきました。
現在までの原則からすると、インプラント本体(フィクスチャー)と土台(アバットメント)の結合部からは吸収するはずの骨がまったく吸収していなかったのです。
※ インプラントの創設者であるDrブローネマルクもこの発見の前にこの原理の研究をしていたとも言われています。
その後、ニューヨーク大学のDrターナーにより、プラットホーム・スイッチングは臨床応用されるようになりました。
最後に、今回出てきましたアンキロス・インプラントについて簡単に説明したいと思います。
アンキロスインプラントは1985年に、G.H.Nentwig(ネントヴィック)教授(フランクフルト大学)とW.Moser(モーゼル)工学博士(チューリッヒ大学)により開発されたドイツ(Degussa社)の2回法インプラントです。